播州赤穂の町をぶらぶらと・・・② [阿房の気まま旅日記]
~前回のつづき~
是非訪れたかった赤穂市立民俗資料館・・・お城から徒歩10分ほどのところにある。
この建物が実にいいのだ。
明治41年築・元専売公社の塩務局の建物である。
窓の配置もバラバラだし、シンメトリーになっていないところが、軽快で面白い。また見るべきところも多い。
入口の円形の庇と華麗で精緻な鉄格子には瞠目す。
内側からの景色・・・シルエットがいいねえ。
それに特筆すべきは、玄関の吹き抜け部分である。
ほんの僅かな空間に過ぎないが、その狭隘さを感じさせないところが驚きである。
よく考えれば、玄関の吹き抜けの2階部分なんて、はなから無くても全然困らない部分であるにもかかわらず、内外とも手を抜かずに意匠を施してあるところには、いたく感心した次第。
・・・明治の職人気質を感じるね。
展示品は、かなり多くの民俗器具を蒐集している。(ここは、宿直室だったところ)
オモテの構えから想像できないほど奥行きがあり、各部屋いっぱいの展示品がある。
二階に上ろう。
二階は大東亜戦争のコーナー。
幟や軍服が無造作に置かれている。軍装フェチには垂涎ものだろう。
二階にあるハンマービームといわれる梁出しがことのほか美しい。
趣味のコーナーでジャバラのカメラをみつけた。
大切にされているのは判るが・・・これならまだ現役で使えるのに・・・と思ってしまう。
というか一度使ってみたいね。赤ジャバラがオシャレである。
中庭には、いろいろな農機具が並べてある。
「茶谷式忠臣号」ってやはり赤穂義士か!と思ってよく見ると、桜の木に墨書したものがある所を見ると、こりゃ児島高徳じゃないか。
隠岐に流される後醍醐天皇を奪還することを試みた児島高徳。
皇国史観の元ではたしかに忠臣であったろう。ご当地でも、赤穂浪士だけが忠臣ではなさそうだ。
「児島高徳」という文部省唱歌もありました・・・同職の友達で、酔うとこの歌を唄う人がいる。美作(みまさか)の才人である。
「天勾践を空しうすること莫れ、時に范蠡の無きにしも非ず」というくだりがいいね。
(嗚呼、漢字がむずかしい!?)
・・・ともあれ、入場料100円の価値は十二分にある資料館である。
仕事を終えてから2時間半ほどで、ぐるりと見てきた赤穂の町。
こんなのもありました。
帰りの電車の車内では、播州の地酒・龍力を・・・つつーっといただく。
ああ、面白かった。
(終)
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これは貴重な建物ですね。
当時のハイカラの先端だったのでしょう。
綺麗に保存されているのもいいですね。
by manamana (2007-11-13 07:12)
昔の建物には、今なら端折ってしまうような箇所にまで、細かな装飾が施されていますよね。
見えない所は手を抜いてしまおう…なんてことを考えるから、偽装などということが起こるような気がしてきました。
by (2007-11-13 18:55)
専売公社塩務局ですか、時代の流れを感じます。大阪でも難波のJT近くに塩業会館なんていうのがあります。なんでこんな場所にと思ったもんです。
仕事の方は随分サクサク進んだようですね。また、天の声が降って来ませんように(笑)。
by サットン (2007-11-14 09:46)
>サットンさん
かつての大阪球場、いまはなんばパークスから住宅展示場のあたり、戦前は専売局の工場でした。空襲(3月14日でしょう)で焼失し、跡地をどうやったのかGHQに交渉して野球場を造ったのです。
by なにわ (2007-11-15 18:48)
>manamanaさん。こんばんは。
この建物非常に愛情が注がれているみたいで、ペンキの剥げや痛んだところもなくとても綺麗な状態でした・・・こういうのって嬉しいですよね。
>うたにさん。こんばんは。
この建物に関して言えば、手抜きという言葉は不要ですね。
それどころか、何故ここまで凝るの?と思った次第でした・・・こういうのって嬉しいですよね。
>サットンさん。こんばんは。
「三公社五現業」なんてお互い習いましたが、いまではもうボロボロですね。
昔の光いま何処って具合ですか?
>なにわさん。なぜか昔のレアな事象をご存知ですね。
ひょっとして南海ホークスファンですか?
by Fuzzy (2007-11-15 21:13)